問題を“おかげさま”にする

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私たちは人生の中で(仕事もプレイベートも)
問題が起こらないように、起こらないようにと
意識していること、多くないですか?

問題が起こらないことは、
果たして良いことなんだろうか…?
っていうと、実はそうでもない。

起こらないことが大事なんじゃなく、
起こったことを“おかげさま”にする力が大事である。

問題は“テーマを問う”こと。

問題っていうのは、
字の如く【題(=テーマ)を問うこと】。
ということは、問題が起こったということは、
問うべきテーマが浮上してきたってこと
だと、
私は思っている。

問題をなくそうっていうのは不可能で。
これから先、何千年経ったっても、
問題はなくなることなんてない。

だって、問うべきテーマはいつだって
私たちを成長させてくれるものだから。

とはいえ、落ち込むよね。

とはいっても、問題が起こると落ち込むよね。

私もつい先日、
とある仕事でミスをしてしまった。

クレームとなり、ご迷惑をお掛けしてしまい、
深く反省して、落ち込む…。
申し訳無さで、面目ない気持ちが自分を支配した。

そんな時、クレームを対応してくださった方が、
おっしゃってくれた。

「今回の一件があったから、
 見直すことが出来ました。」

その言葉で、私の気持ちは救われた気分になった。
これこそ、“おかげさま”という精神だ。

私は自分が起こしたミスを
“自分責め”に使っていた。
“自分責め”をして、
また自己肯定感を下げようとする。
これもいつものパターンだ。

“おかげさまで”と言ってくれる人が、
職場やプライベートの関わりの中に
いてくれるのは、
どんなに救われることだろう。

問題を起こした人を“責める”スタイル

今回のケースのように、
職場などでミスがあった時、
問題を起こした本人を責める人がいる。
しかも、「それが“指導”だ」と
思っている人がいる。

一昔前まではそうだったのかもしれない。
それが主流のスタイルだったし、
その責めている人も、
そうやって指導されてきたのだ。
けれどもね、もう古いのね、そのスタイル。

問題は“何を問われているのか”という視点で、
学びを吸収したら手放すこと。
迷惑を掛けてしまった相手に対しての
謝罪や反省はもちろん必要だけれども、
それは相手への誠意を示すことと、
信頼関係をつなぎ直すため。

起こってしまった過去の出来事を責めても、
何の解決にもならない。

叱るは相手を思っての愛情のある指導だけど、
怒るは相手を責める指導なんだよね。
この違い、区別つかない人もまだまだ多い。

問題を“おかげさまで”=感謝に変容させる

問題が起こった時の最終目的地は、
“おかげさまで”という感謝に変容させること。

問題は成長をさせるために、
浮上してくるテーマだったりする。
成長促進剤?成長起爆剤?だね。

問題は解決・解消されたら、
「おかげさまで成長できました」となる。
目指すは“感謝”。

影響を与えた対象に対しては、
謝罪・反省の意を持って、
誠意を伝え、信頼関係を取り戻し、
問題を起こした側は、
テーマを問い、成長へとつなげ、
起こった出来事に感謝をする。

こうして成長を繰り返す。

こんな風に、問題を別の角度から見ると、
怖れることもなくなるよね。

問題を解決して無くそう!
問題が起こらないように事前対策を!
問題がなぜ次から次へと出てくるんだ!
といった、排除する視点ではなく。
“悪”として捉えるのではなく。
問題は必要なこととして起こってくる
〈自然現象〉だと受け止めた上で、
次への架け橋にしていく。

そんな関わりが広がっていったら、
世の中がもっと平和になってゆくね♡

Written by まついゆか

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恋愛・ロマンスに興味が失せる

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最近、恋愛・ロマンスに興味が無い。
いや…最近じゃないな、前からだな。
特にここ最近、全く…ない。
男性に興味が持てなくなった。
持てなくなったどころか、
今は“イヤ”って感じ。
近づかないで欲しいとまで思うくらい。
結構‥これ重症か?

パートナーに望むもの

とはいえ、パートナーは欲しいと思ってるのよ、
これでも一応ね(笑)

周りには、
「そんな選り好みして!本当はいらないんでしょ?」
なんて言われたりするけれど。
いやいやいやいや‥
いつだってパートナーは欲しいワ!

ただ、パートナーに望むものが、
少し変わっているのかもしれない。

別に何か買って欲しいわけじゃないし。
デートをしたいわけじゃない。
セックスをしたいわけじゃないし、
身体の接触を常日頃したいわけじゃない。
以前はあんだけ「結婚、結婚」って
言ってたくせに…
最近は「別に結婚が目的じゃないよね」とも
思うようになってきてしまった。

じゃ、何を望んでるの?
どんな関係性を望んでるの?って…

・感性の分かち合い
・互いの刺激から気づきを得る関係
・互いの学びや成長へのサポート

・共同創造
これらが、出来る人!

ってところなんだなって、
最近気づいた。

セックスは「性欲解消」・「寂しさの埋め合わせ」なんてお断り

男女が共に時間を過ごすと、
セックスの流れになることもあるけど。

性欲の解消や、心の寂しさを埋め合わせるための
身体接触には、ホント嫌気がさす。
ここを目的とする男性がとても多い。

最近は「セックスは共同創造」としか思えない。
アートなんじゃないかって思うくらい。

性欲解消と寂しさの埋め合わせなら、
他を当たってくれ…
いや、違うな。
他を当たるんじゃない。

自己を見つめろ!

だな。

自己探求は欠かせない

というわけで、望むような関係を築くのであれば、
アタシ自身もそうだし、
相手にも自己探求をし続けていて欲しい。
続けて欲しいというよりも、
率先して取り組むくらいに、
自分に興味を持ち、人や命に興味を持ち、
人生とは?宇宙とは?など、探求する人がいい。
あ!シンプルに言うと、

外側を見ているんじゃなくて、
内側を見つめる人がいいんだ☆

こんなんだから、
なかなかパートナーが見つからない。
ここ、とても難しいラインなのよね。
めっちゃニッチすぎる。

けれど、そういう観点を持ってる人以外、
もう受け容れられないってことがわかった。
そういう観点でない人との時間を、
無駄に感じるくらいまでになった。

恋愛観・結婚観でもなく、パートナー観

体験をシェアするために、
デートや旅行をする。
エネルギー交換をするために、
セックスをする。
相手を感じるために、
スキンシップをとる。
感性を分かち合い、
気づきを循環させるため、
コミュニケーションをとる。
これがアタシの望むパートナー観。

別に高級品を望まない。
物質的な欲求はあまりない。
表層的なものは不要なのだ。
公園でお散歩でもいいじゃない。
素朴なことだって、
相手と分かち合い、
お互いのエネルギー循環が創れる人と、
人生を共に出来たら、
どんなに幸せなことか。
どんなことだって幸せに感じられる。

自分の中の“パートナー観”が、
ここではっきりと定義できて、
スッキリした〜☆
男性に興味が持てなくなったんじゃないな。
自分のニーズが明確になったから、
ニーズ以外の人への興味が失せただけだ。

ずーっとここ最近、
自分の望むもの、欲しているもの、
目指すものがわからなくって、
思い悩んでいた。

一回全部手放して、ゼロにしたら、
見えてくるものがあるね。
天へのオーダーも兼ねて、
ここに記してみました!!

アタシの望むパートナーよ、
ハートをオープンにして待ってるわ♡

Written by まついゆか

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能力は人に教えてもらう。

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自分の能力をよく知っているのは、
意外と自分以外の人だったりする。
それなら、人から教えてもらうのが、
一番手っ取り早い。

つい先日、とある方々が教えてくれた。

「私が感じているゆかちゃんの総意をお伝えします。
ゆかちゃんは、“人に教える人”だと思います。」

と。とてもシンプルで率直なフィードバック(笑)

一瞬、受け取れなくて戸惑ったけれど、
内心とても嬉しかった。

“教える”に対する思い込み

私は人に教えるという行為を、
あまり良く思っていない。
なぜなら、そこに上下関係が働くようで、
なんだかそれが居心地悪いから。

・偉そう
・一方的なコミュニケーション
・自分の正しさを押し付けるよう
・自分は大したことないのに
・おこがましい

…と、まぁネガティブなイメージが
出てくること、出てくること!

だから、一方的に教える講座スタイルより、
一緒に考えて笑って泣いて‥ってする、
ワークショップスタイルが大好きなのだ。
そこの場の人たちと、
横並びでいたい。
同じ目線でいたい。
そんな想いがあるから、
“教える”ってことを避けてきた。

“わかりやすい!”と言ってもらってた

とはいえ、“教える”っていうことを
やってきた経験も多くある。
仕事を後輩や部下に教えたり。
退職時に引き継ぎをしたり。
心理学関連の講座で講師をしたり。
最近も小中学校で出張授業をしている。

唐突なフィードバックをいただいてから、
ふとこれまでを思い返してみると…
“教える”という場面において、
「わかりやすい!」ってよく言われてたことを、
思い出した。

それはおそらく、
私が「横並び」だったり、
「同じ目線に立つ」ということを、
意識しやすいからなんだろう。
私が伝えたいというメッセージを、
相手がどう受け取るのか。
相手からはどう映るのか。
受け手側の立場に立つことを、
とてもイメージするからなんだと思う。

“講座”や“教える”という時、
一方的な伝え方をするのではなく、
受け手側が受け取ってくれるような工夫を、
資料や話し方でやっているからなんだな。

人や世界は、自分にいろいろ教えてくれる

自分が思っている自分っていうのは、
思い込み・信じ込み・期待など、
エゴが創り上げたセルフイメージが強すぎて、
ニュートラルに自分を見ることが出来ない。

私のように、
「教えるのは偉そうだから、
私はやりたくない。」と思ってると、
せっかく持っている可能性や能力を
自分が勝手に狭めて、
制限をしていることになるのだ。

これでは自分自身(自分の能力)を
世界(社会)に与えないままではないか。
なんという出し惜しみ。ケチだ。

人からのフィードバックというのは、
自分のエゴを超えて、
これまでに見ていなかった一面を教えてくれる。
盲目の一面を見せてくれるのは、
他者であり世界なのだ。

自分が認識している自分と、
他者が認識している自分とが、
一致すればするほど、生きやすくなる。

人が教えてくれた“見ていない側面”を、
自分が認識して統合できたら、
可能性は広がっていく一方なのだ。

だから、どんどん自分の能力を人から教えてもらおう。
どんどん自分では見えていない一部分を、
人に見せてもらおう。

自分が知っている自分より、
人が知っている自分の方が、
はるかにニュートラルであり、
また事実に近いんだと思う。

ということで、
“教える”っていうことを、
自分に解禁してみることにします☆

Written by まついゆか

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“トキメキ”をまとい、アタシを満たすことで、自分軸へ戻る。

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少しずつ、ココロがムクムクと上を向き始め、
なんとなく、良い方向へ向かっている気がする。

今日はたまたま立ち寄った池袋駅で、
たまたま通りかかったお店に寄り、
そして、自分が“ウキウキ”する服と出会った♡

ずっと「どう見せるか?」…に縛られていた。

洋服って選ぶの難しいのよね。
というのも、ここ数年は「どう見せるか?」を
気にしてばっかりで、
自分の“好きな服”を自由に着てなかった気がする。

「どう見せるか?」って、
「どう見て欲しいか?」ってことじゃない?

マーケティングの世界では、
たしかに大切よね。
自分をどう見せるかって。
社会的信頼とか。
安心感につながったりとかするし。

でも、なんかねー…いつもどこか、
“自分のまんま”でいられない気がしてた。
どこか背伸びしてる感じで窮屈だった。

だんだん、自分の着たい服がわからなくて。
だんだん、自分の好みがわからなくなってきて。
だんだん、自分の似合う服もよくわからなくて。
だんだん、お買い物が億劫になっていた。
あんなに、お買い物が好きなのに。

他人の視点を気にすると自分が見えない

こうして他人の視点ばかり気にして。
人からの意見を取り入れるようにして。

もっと女性らしくしなきゃとか。
(結局出来てないけど…笑)
もっと大人っぽくしなきゃとか。
もっと落ち着きがあるようにしなきゃとか。

人からの意見は、大変ありがたいけど。
そればかりを気にしていると、
自分の内側にある“この服着たい”という
ウキウキやワクワクがなくなっちゃうのね。

でも女の子って、
この“ウキウキ”で、
輝くんじゃないかなって。

だから“ウキウキ”なくして、
人の視点を気にして服を選んでも、
無難な路線ばかりになって、
おしゃれが楽しくなくなる。
そしていつしか、
自分がよくわからなくなる。

そんなことが起きていたってことに、
最近ようやく気づいた。

ユニークさを出していこう。

実はアタシのセンスって個性的。
20代前半までは、
結構奇抜だった。
父親似なんだな…(笑)
★父のダサさ記事はコチラ★

クラブに通っていたし。
ステージで歌ったり、
ダンスしたりしてたし。
表に出る人だったから、
目立つファッションが多かった。

そこから、カウンセラーへ転身し、
徐々に自分のユニークさを抑え始めたのは、
そのあたりからなような気がする。

カウンセラーっぽく、
優しくて、誠実で、真面目で、清楚な
そんなことを意識したりして(笑)
そこから服装も落ち着いた感じのものになり、
今となっては無難路線。

あとね、その頃が20代後半だったから、
少し結婚とかも意識しちゃったりなんかして。
“男性ウケ”みたいなのも、
気にするようになったんだよね(笑)

でもさ…本来のアタシって、
やっぱり…【ユニーク】なんだよなー
人と一緒とかイヤなの。
だから、いいじゃない。
出しちゃって、いいじゃない。
戻っちゃって、いいじゃない。

“ウキウキ”・“ワクワク”が本来の自分

最近は、このメッセージばかり引き寄せるな。
“ウキウキ”とか“ワクワク”することが、
本来の自分っていうメッセージ。

この“ウキウキ”とか“ワクワク”は、
元々、持って生まれてきた感性の声。
ここがイコール個性であり、
自分らしさはココにある。

だから誰もが、
ウキウキ・ワクワクを生きられれば、
とーーーーっても自分らしくいられて、
とーーーーっても自由でいられて、
とーーーーっても生きやすい♡

なので、自分の内側の感性の声を
聴いてあげることが自分の軸に戻るコツ。
そうするとね、逆に周りの声が、
全く気にならなくなる。
自分の軸で生き始めるからね。

だから最近は、
自分がウキウキ・ワクワクするものが、
ないかなって探しながら街を歩く。

そして、ウキウキ・ワクワクに出会ったら、
必ずゲットする!
だって、ときめいたんだもの。
トキメキは“本来の自分を知る”ヒント。

だから、今日の洋服だって、
アタシの内側の細胞たちが、
めちゃ喜んでるの♡
「これ好きー!」
「これ着たいー!」
という声と共に、“ウキウキ♡”してる。

そうそう、この感じ。
とても久しぶりだわって思って。
そして、こんな個性的な服を買っちゃうのも、
とても久しぶりだわって思いながら、
買わないという選択肢は、
もはや頭になかった。

“ありのまま”って?

アタシはずーっとここ数ヶ月、
周りが「ありのまま、ありのまま…」って
言っているのを聞きながら、

ありのままの自分が、
どんななのか知ってたら、
苦労しねーわ!!

…って思ってた。
“ありのままの自分”が、
わからなくなっていたから。

こんなにも自己探求をしてるのに。
もはや自己探求が趣味なのに。
自己探求ヲタクなのに。

てか、“ありのままの自分”のつもりだった…
けど、なんか違ったみたい。
今回、自分の“ときめき”を発見して、
これまでの自分の思っていた、
“ありのままの自分”が違うものだと
気づいたのだ…。

“ときめきエネルギー”の中で生きる。

あ、だからね。
このブログの背景も変えました!
もう自分らしくないのはやめて、
本来の自分に近いであろうイメージに変えた。
めちゃシックリくる☆

ウキウキ・ワクワクは、
本当の自分を知るサインだね。
ウキウキしたものを着ればいい。
ウキウキしたものに囲まれればいい。
ワクワクするものに取り組めばいい。
ワクワクするものを追っかければいい。

そしたら、それらの“ときめきエネルギー”は、
輝きとなって周囲に伝播してく。

なんだか不在だったアタシが、
自分の中心に戻ってきた感覚がある。
戻ってきたアタシの声を聴き、
次なる扉を開いていこーっと☆

Written by まついゆか

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落ちるところまで落ちてみる

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落ちるところまで、
とことん落ちてみる。

落ちきったら、
「飽きた!もう、這い上がろう…」って
きっとなるから。

落ちているときだって、
アタシは世界に受け入れられている。
その証拠に、息をしているから。
呼吸をしているということは、
世界・宇宙から承認されていること。
世界・宇宙から応援されていること。

命は自ずと成長の方向へ向かう。
生きているだけでバンザイだ。

落ちたいときは落ちて。
上がりたいときは上がり。
泣きたいときは泣いて。
笑いたいときに笑う。

アタシの命は、
ちゃんと向かう方向を知っている。
命の力を信じきっていれば、
力みを抜いてもいいのだ。

力みすぎた。
変なところに拘りすぎた。
無理に頑張りすぎた。
頭で考えすぎた。
それは、命の力を信じきれなかったから。

命の力を信じて、
世界に自分を開いていこう。
その信頼さえあれば、
落ちるところまで
安心して落ちることができるから。

Written by まついゆか

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エッジに立ってる

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〈エッジに立つ〉
これは、専門用語。

どういうことかというと、
人には成長のステージがあって。
そのステージが変わるタイミングで、
様々なことが自分の内側で起こる。

例えば、
・死にたくなる
・前に進めない
・混乱、放心状態
・行き詰まる
・パワーがなくなる など。
岡部明美さんLPLより)

めちゃ苦しいねん、エッジ。
まさに今、私はその状態にいて。
後ろにも戻れない。
前にも進めない。
やる気が起こらず倦怠感に苛まれ。
体調も優れず。
鬱状態が続いている。
ひどい日には死にたいとまで思っちゃう。

“死にたい”なんて、
軽々しく言葉にしちゃいけないって。
頭ではそう思ってるよ。
生きたくたって、
生きられない人がいる。
闘病生活の人からすると、
「ふざけんな」ってムカつくよね。
わかってるよ。

でも、この時の“死にたい”って言葉は、
「古い自分の死」を意味してる。
これまでの自分から、
もうパターンを変えたいとき。
これまでの自分とは、
違う選択をしたいとき。
古い自分とサヨナラをしたい。
新しい自分と出会いたい…と、
自分の命が切に願っているのだ。

まさしく、蛹が蝶になる時。
一度透明になる、あの感覚。
死と再生のタイミング。
ドロドロになって、
生まれ変わりをする時。
古い自分を終わらせるために、
様々な形や様相で“死”を想起させるものと
出会ったりするものだ。

そして、今回のエッジではじめて知った。
この成長するタイミングでは、
自分のコアビリーフ(=核となる思い込み)が、
ものすごい勢いで足を引っ張ってくることを。

私の場合、とても強く働いているのが、
〈自己否定〉だ。

なんでもかんでも、
すべて“否定”へと帰結する。
自己否定をすることで、
自立へのステージを阻む。
エゴの為せる技。

自己否定することで、
自分の能力・パワーがないことを
証明しようとしている。

自己否定することで、
自分への信頼感を失っていく。

自己否定することで、
愛されない・受け入れられないことを
現実に創り出そうとしている。

そこで呟かれる言葉が、

ほらね。
やっぱり私って、

ダメなんだわ。

もう、何回このステージを
やっているんだろうか…。
こうやって書いていて、
自分でもウンザリするほど。

けれども人はこうやって、
本当に手放したり、
次のステージに行くまでは、
何度も“ウンザリ”しながら、
「もうやってられるか!!」と言うまで、
繰り返してゆく…ふぅ〜

私生活も仕事も学びも、
今の私の課題は【自立】だ。

自分の力を見くびって、
自分の能力を疑って、
自分のリソースを低く見積もって、
自分の存在を小さくして、

アタシ、何してんの?

私は人に与えるものが、
何も無いって思っているけど…

アタシ、バカじゃないの?

そんな今起こっている心の呟きを、
正直に吐き出してみました。

Written by まついゆか

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バカでよかった。

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自分が“バカ”でよかったと、
先日の研修を経てから、
なんだか…ジワジワと感じてきた。

だって真面目で利口だったら、
アタシはもっと疲弊して、
大きな病気になっていたと思う。

アタシは適度にバカで、
そして、自分の“感性”に従って
生きてきたから、生き延びたのだ。
しかも、幸せに♡

そう、アタシを助けてくれるのは、
いつでも自分の中の“感性”だった。

特に進むべく道が見えないとき。
自分の“感性”がピンっと、
閃き・情報・出会いなどのご縁を、
引っ張ってきてくれる。

そもそもアタシは、
“知”を得意とする人物じゃない。
お勉強することは嫌いな方。
読書も新聞も歴史も数字も嫌いだった。
頭で記憶する系、解く系は特に弱い。
作文・絵・音楽・ダンス・道徳が好きだった。
要するに表現すること、感じること、
情に触れることがそもそも好きなんだ。

で、それでよかったんだ。
理性優位の学生時代を生きるのは、
常に比べられて辛かったけど、
(だって、出来ない子だから)
でも、今ようやく「よかったんだ」って
思えるようになった。

これまで学歴コンプレックスがあったから、
真面目で利口なフリしてたけど、
そんな背伸びや鎧はもういらない。
【感性型人間】の自分を、とことん愛する。

しかし…逆にちょっと、
バカさ加減が足りないなぁ。
もっと思いっきりバカしないと、
〈中途半端バカ〉になっちゃうなぁ。
振り切りたいなぁ。。。

よし!
これからは、
バカ研究をいろいろしてみるか。

Written by まついゆか

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感性とつながる旅。

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昨日までの3日間、
感性とつながるための旅をしてきた。

自分の志や顔を見失い、
自分の奥にあるエネルギーが枯渇し、
鬱々した状態が続いていた、ここ一ヶ月。

そのタイミングでやってきた、
行徳哲男先生の【BE訓練】は、
私にとって大きな転換となるようなきっかけを、
もたらしてくれるのではないかと、
期待をしていた。

言葉ではとてもじゃないけど、
言い表しきれない体験。
この体験や感じたことを言葉にすると、
とても薄っぺらく、平らなものに
なってしまいそうな気がするので、
ブログに書こうとは、
今の時点では思わない。

けれども、人生における…
というより、この“生”における、
【真ん中の最重要な何か】を
自分の中心に取り戻した気がする。

私の命は、まだ燃えていない。
私の生は、まだ動いていない。
私の力は、まだ出ていない。
そして“感性”が、
「私を生ききりたい!」と言っている。
そんな声が、ジワジワと湧き出てくる。
侍魂が目を醒まし始めた。

行徳哲男先生、御年87歳。
現役でこのパワフルな研修をされていることが、
本当に凄い…としか言いようがない。
感性で生きている人は、めちゃ元気だ。
そして、この研修に命を賭けているのが、
ビンビンに伝わってくる。

感性につながることは、
自分の“命の源”とつながること。
命の源から湧き出る、
【自分の中の眠るパワー】を呼び起こしたい方は、
先生が現役でまだやられている今、
ぜひ参加されてみてください。

次回は7月です。
詳細知りたい方・参加希望の方は、
個別に連絡をください。
人生に二度と無い体験をぜひ…

Written by まついゆか

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エネルギー低迷は“誕生”の予兆

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4月半ばまで、
岡部明美さん主宰〈LPL認定セラピスト〉の
試験内容の一項目でもある、
〈逐語記録〉に時間を費やしていた。
これが、なかなかの作業ボリュームで、
予定していた友人との約束や、
ビジネスについて考える時間など、
全てを後回しにして注ぎ込んだ2週間。
途中、徹夜もしたりなんかして…
とにかく、久しぶりに「必死になった!」
という感覚が残った期間だった。
こんなに夢中に必死になったのは、久々だ。

逐語記録を提出し終えると、
ドッと押し寄せてきたのが、
それまで“保留”にしていたことの数々。
それが一気に入ってきた。

その保留にしていたことをやりながら、
徐々に落ち込んでいく自分のエネルギーを
ひしひしと感じていた…。
自分の中の奥底のエネルギーが、
どんどんと沈んでいく感覚。
そして、ついには潜伏領域に入ってしまった。
燃え尽き症候群だろうか…

だからブログ書くことも出来ず、
自分がどのエネルギーから発信すればいいか
まったくわからなくなり…迷走状態。
今もその状態が続いている。

けれど、どこかでわかっている。
この低迷するのは、
大きな変化の前であることを。
過去にも何度か感じたことあった。
大きな方向転換や、何かを生み出す前には、
大きな落ち込み・迷走・やる気が起きない
そんなことが起こることを、
私は自分の体験から知っている。
だから、今はジッとするのだ。
ひたすら瞑想し、
自分の内側にベクトルを向け、
ただ、ただ自分を内観する…

昔は、“プチ鬱状態”のことを、
心理学友人同士で【ウチュ】って呼んでた。
【ウチュ】…かわいいでしょ♡

今、アタシは【ウチュ】状態。
朝は起きれない、自宅に引きこもり、
アイディアも浮かばない、感情が湧かない、
人と会うのも控えたい、メッセージ等に
返信することすら億劫、身体が怠い。
(ごめんなさい‥返信できていない方)
そんな自分を責めない。
ただただ、受け入れていく。

“いのち”とは理屈無く、
このように上がったり下がったりしながら、
成長をしていく。
一見、下がっているように感じたり、
何も成し遂げていないように感じたり、
前に進んでいないように感じたり、
時には、後退しているかのようにも感じる。
けれども、決して後退していることはない。
前には進んでいる。
自分の“いのち”の力を信じて、
今は機が熟すのを待つ。

エネルギーの低迷は、“誕生”の予兆。
明けない夜はない。
上がらない雨はない。
もう間もなく、
大きな出産を遂げる気がする…

Written by まついゆか

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アタシ、傲慢です。

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アタシ、傲慢だ。
その傲慢っぷりを、出してはいけないと抑え、
出てしまった時には、自分を恥じ、罪悪感を抱く。

なんて謙虚さがないんだ…とか。
なんて自分勝手なんだ…とか。
なんて強引で押し付けがましいんだ…とか。

そんなことをいつも恥じ、
反省し、罪悪感を抱いて凹む。

でも…ちょっと待てよ。
“傲慢”なのって、そんなに悪いこと?

“ダメ”と思ってるから苦しい。

傲慢なことは“ダメ”と、
自分の中で定義づけている。
そこに、

ちょっと待ったー!!

という声が、自分の中に出てきた。

もし、この傲慢さを殺してしまったら、
傲慢さが持つ〈良い面〉も無くしてしまう。
傲慢さの良い面とは…
自己主張をハッキリすることとか、
人に対して熱心になることとか。
この〈良い面〉をなくしたら…

そんなのアタシらしくないんじゃない?

大事なのは、
傲慢な自分がいるということを、
自分が知った上で、
どうやって活用していくかってこと。
そう。自分がそのことを認識していれば、
コントロールが自由自在になる。

と、同時に。
そこから何を学ぶのか…を、
ちゃんと自分が持っていればいい。
“謙虚さ”を学べばいいのだ。

“ダメ”だと思って抑圧してるから、
突然出てきてしまった傲慢っぷりに、
自分自身で驚き、
隠そうとしていた部分がバレてしまったようで、
恥ずかしいと思ったり、
傲慢さを出してしまった自分に
罪悪感を抱くのよ。

ありのままで生きるとは?

【ありのままで生きる】とは、
こうして自分の中の、
自分が〈よからぬ部分〉と感じている部分を、
自分で認めて、受け容れること。

受け容れられたら、
もう〈よからぬ部分〉から脱出してる。
むしろ、強みになる。

〈よからぬ〉とするから、
影になり、必死に隠そうとし、
目を背けようとし、自分を苦しめる。
そして、ひょんなことから、
それがポンって顔だした時に、
アタフタしながら、

はぁ〜ごめんなさい!
アタシこんなんじゃないのよ〜

(オロオロ)

となるわけだ。

その必死になって隠そうとする労力、
バレまいと、取り繕うエネルギー、
自分の中にある“本当の自分”を覆う仮面。

それ…本当に必要?
まだ…必要ですか?

【ありのままで生きる】とは…

ぜ〜んぶ
認めちゃえばいいんだ〜✨

え? だって、しょうがなくない?

これがアタシだもの♡

と。

ありのままで生きるリスク

【ありのままで生きる】と、
どんなリスクがあるかというと…

こんなアタシを、
嫌う人がいるでしょう。

こんなアタシを、
面倒くさいという人もいるでしょう。

こんなアタシを、
ウザいと思う人もいるでしょう。

こんなアタシを、
怖いと思う人もいるでしょう。

そう、【ありのままで生きる】と、
ぶっちゃけ…

万人からは好かれません!

これだけは宣言しておくわ。
そりゃーそうだよ。

万人に好かれることを優先するなら、
カメレオンのような七変化っぷりで、
顔を入れ替えたらいいよ。

でもね、そうこうしているうちに…
本当の自分がわからなくなるよ?
本当の自分を見失うよ?
そっちの方が、断然苦しいよ。

だから、いいんです。
ありのままでいいんです。
リスクを背負ってでも、
【ありのまま生きる】方が、
自分の心やいのちにとっても健康的!

それに、相手がどう思うかは、
相手の領域だから。
良い人を繕っていたところで、
嫌っていく人は嫌っていくの。

ただね、もう一つのリスクとしては、
ありのままで生きる自分のことを、
もし嫌う人や離れる人が出てきたとき、
その結果に対して“責任”を負うこと。

ここで言う“責任”というのは、
端的に言うと、
〈相手のせいにしない〉ってこと。
人が離れていくことも覚悟して、
その結果を引き受けるってこと。

「アタシが素を見せたら、
 離れていくのねー!!」

なんて、
相手にぶつけちゃいけない。

ご縁が無かったんですね…以上、終了!

もし、そこで相手のせいにするならば、
そこには心の傷がありますので、
ぜひ癒やしましょう♡

解釈をプラスに変え、現実を変える。

リスクはあるけれど、
そのリスクをはるかに超えて、
【ありのままで生きる】というのは、
とても楽になります。

なぜなら…

嫌う人と同じ数だけ、
好いてくれる人はいる。

面倒くさいという人と同じ数だけ、
面白いと言ってくれる人がいる。

ウザいと思う人と同じ数だけ、
興味関心を持ってくれる人がいる。

怖いと思う人と同じ数だけ、
楽しい・頼もしいと思ってくれる人がいる。

そう、この世は二元論。
マイナスの分だけ、プラスがあるの。
だから、リスクを背負った分だけ、
新しい世界が待ってる。
これまではプラスの部分に、
目を向けていなかっただけ。
新しい世界を知ると、
もはやリスクもリスクではなくなる。

自分が傲慢さをマイナスに捉えていたら、
嫌う人・面倒くさいという人
ウザいと思う人・怖がる人が、
集まってくるという現実を創り出す。

けれど、その解釈をプラスに変えることで、
集まってくる人も変わってくる。
…これ、ホントだから。

というわけで、
アタクシ、堂々と〈傲慢さ〉を
生ききることにした〜☆
認めてしまったよ〜(笑)
あぁ、楽ちん。

アタシは、グイグイ女史になる!

それがアタシの生き方だから。
それがアタシという人だから。
そういう素質、前から持ってるから。
影で隠していたところに、
お日様を当ててあげることにした。

無理してイイ人やったって、
無理してマジメやったって、
無理して優しい人やったって、
楽しくないもん。

アタシは熱く、面倒くさく、
ドロドロに、そして堂々と生きていきたい。

だから、好むヒトだけ集まれ〜♡

Written by まついゆか

【ありのままで生きる】を推奨してます。

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