新事業ヒストリー 〜失速からの再建〜

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この度、新事業『メディエーション・プログラム』を
正式リリースしました〜!

特設Webサイト|メディエーション・プログラム

ここまで至るのに、
紆余曲折いろいろとあって、
ようやく形に…といったところ。
産みの苦しみは辛かった…
そして、長かった…

生みの苦しみヒストリー

以前は【にんげん関係修復屋さん】
という名称で一度リリースしたものの、
良いビジネスモデルではなかったという経緯があった。
約一年前のこと。
私個人的には、名称もロゴも気に入ってたんだけどね…

その時の記事⬇
『新事業【にんげん関係修復屋さん】サービス開始』

皆さまからのご支援もいただき、
この時の記事へのアクセス数は多かった。

けれども、これをリリースした裏には、
いろんなご意見をいただいていた。
特に、ビジネス関連のコミュニティーの場では…
▶ビジネスモデルとして成立しない
▶仲直りに、お金を出す人なんていない
▶金額設定が現実的ではない
▶まずはやってみろ

いろんな人からいろんなことを言われ、
若干めげていた。

なぜならこの事業に対して、
日本にビジネスモデルのケースがないし。
ビジネスをどうやって展開させて、
どうやって市場参入するのかなんて、
私には知識がなかったから、
どう動いていいのか分からなかったのだ。
ただ「やってみろ」と言われたところで、
動けるんだったら苦労しない。
アタシは行動力には長けている。
けれども、そのアタシが動けないというのは、
行動の仕方がわからないってこと。
右に向かっていけばいいのか、
左に向かっていけばいいのか、
分からなかったら、動きようがない。

ビジネス系のこれまでの講座では、
ノウハウは教えてくれるけれども、
具体的に“アナタの場合…”という視点で、
サポートしてくれる人はいなかった。
要するに、「右へ行くのだー!」という
指導をしてくれる人はいなかった。
(この前の記事にも書いたけど)

よくわからない“ビジネス”という海の中を、
一人でフラフラと浮遊している感じが、
昨年からずーーっと続いていた。
目的地は決まっているのに、
そこにたどり着く方位磁石も地図も持っていなかった。

ブログでのアクセス数は上がったものの、
どう動いていいかわからない私は、
いつしか自信をなくし、
行動できなくなっていった…。

新生☆ヒストリー:出会い

そして今回生まれ変わったのが、
『メディエーション・プログラム』という別名称で、
再リリースへと至った。

事業内容的には、前回とほぼ一緒。
この事業をやるにあたってのアタシの想いや、
信念、ビジョンも変わっていない。

けれども、再び芽吹き、
再誕生へと至ったカギには、

“出会い(ご縁)”

が大きく影響した。

それは2019年6月23日(日)。
毎年行われている「RJ全国交流会」へ今年も参加した。
RJ=Restorative Justice(修復的司法)に
興味を持っている人や、
活動をしている人たちの集まりなわけだから、
紛争解決・対話での和解・平和などに、
興味を持っている人たちが集まる。

RJに関してはコチラから
【RJにゾッコンLOVE】

そこで知人を介してご紹介いただいた、
とある男性との出会いが、
私の人生を大きく変えた。

新生☆ヒストリー:コーチング

カウンセリング畑で生きてきたアタシにとって、
“コーチング”には、あまり良い印象を持ってなかった。

強制させられるような感じ。
指導させられるような感じ。
型にはめられるような感じ。
まぁ、とにかく勝手なことをイメージし、
コーチの“言いなり”にならなきゃいけないかと思って、
それがイヤだからって、
自分のビジネスにコーチをつけるなんてこと、
これまで1mmたりとも考えたことなかった。
けれども、今回に関して言うと。

どーーしても、この事業でやっていきたい!
もう一人では、どーにもこーにもならん!
動き方が、とにかくわからない!
モゴモゴしている間に、半年以上経過してる…
なのに、形にする方法がわからない!
てか、そもそもビジネスになるのか?
これまで「仲直りにお金出す人なんていない!」とまで、
言われてきたではないか…
それは本当か?
やっぱり諦めきれない!
じゃあ、どうすればビジネスになるのだ?

…と、ゴールの見えないトンネルを、
ひたすら進んでいた私。

そんな模索しながら究極に切羽詰まったアタシに、
〈RJ全国交流会〉という、
これまたビジネス畑でもない場所で知り合った男性が、
手を差し伸べてくれたのである。

情報交換のつもりでランチした時に、
いろいろ話しをしていたら、
彼がアタシのポテンシャルを見出してくれた。
そして、コーチングセッションを申し出てくれた。

これまでのコーチングの人の(勝手な)イメージとは異なり、
とても親しみやすく、話しやすい。

「この人になら、自然な形でサポートしてもらえるかも!」

…と直感が働き、
差し伸べてくれた手を、
藁にもすがる思いでガシッと掴んだ。

続きは次回☆

関係修復したい人、仲直りしたい人がいたら、
まずはお気軽にご相談ください♪
2019年9月末まで、モニター特別価格です☆

☆モニター価格実施中☆
メディエーション・プログラム

Written by まつい ゆか

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〈ジブン向き〉を知っておく

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〈ジブン向き〉って、知っておくほうがいい。
ジブンは何が合ってるのか。
ジブンは何が好きなのか。
ジブンは何がシックリくるのか。
ジブンには何がピッタリ来るのか。
すごーーーく些細なことでも、
小さなことでも、
ちょっとでも“違和感”とか、
“何か‥シックリこない”とか、
そういう微細な感覚を感じ取って、
〈ジブン向き〉を探す。
これ、本当大事だなぁ‥と思う最近。

たくさん投資してきたビジネス

これまでに、ビジネスに関することにも、
たくさんの投資をしてきた。

事業計画を書く講座とか。
先生向けを対象にした起業講座とか。
マーケティングを学び実践する講座とか。
自分のビジネスをプロデュースしてくれるとか。
ソーシャルビジネス向けの起業講座とか。

とにかく、いろんな講座やコミュニティーに
時間やお金を投資しながら、
ビジネスのノウハウを学んできた。
おそらくここに投資した金額は200〜300万くらい。

だいたいは、どこも同じこと言ってる。
耳にタコが出来るほど聞いてきた。
けれども、一向に活かされない…
それで走り出して成功する人もいるのに、
全然アタシはエンジンが発動しなかった。
その一瞬は「頑張るぞー!」ってなるし、
一応動き出しはするんだけど…
結局は継続しないのだ。

こういうビジネス系の学びで知り合った仲間とは、
どんどん縁遠くなってゆき、
そのコミュニティーに戻ることすら億劫で、
いつしか距離を置くようになっていった。

塾スタイルではなく、家庭教師スタイル

で、ようやく気づいた最近。

あ、アタシ…集団って苦手なんだ…

ということに。

塾のように数名で受講して、
「みんなで助け合ってやってこー!」というノリが、
とても苦手だったということに‥ようやく気づいた。

学校とか塾とか、
とにかく周囲に人がいると気が散るし、
いつも自分を比較してしまって、
比較した結果、
自己卑下をして終わる。
学生の頃もそうだった。

そして集団で付いていけなくなると、
つまらなくなってしまい、
「やーめた!」ってなっちゃう。
そんなことが繰り返されていたのだった。

アタシのペースを見ながら、
アタシと並走してくれる、
コーチ的な人が欲しかったんだ!!

講師陣の言っていることは理解してるし、
教えてもらったことは無駄ではない。
けれど、「あなたのビジネスの場合ね…」という、
具体的な指導をしてほしかったのだ。
それがアタシの望んでいたニーズだったということに、
ようやく気づいたのだ。
だから塾スタイルじゃなくて、
家庭教師スタイル!!

家庭教師スタイルのコーチを付けました☆

ということで、
探していた人をひょんなところから見つけ、
7月〜専属でビジネスのコーチをお願いしています。

ダイエットのときも、
パーソナルトレーナーを付けて、
5kg減量することができた。
うん、アタシにはマンツーマン指導が向いてる。

人のペースに合わせることなく、
自分のペースに沿って、
アドバイスやサポートをいただける!
なんと有り難い存在☆

まだ始まったばかりなので、
なんとも言えないけれど、
ようやくカタチを創るのに、
始動した感じがする!

どう動いてわからなかった足踏み状態から、
少しずつ前に進んでいる感覚がある。
ようやくビジネスを楽しんで行けそうだ!

Written by まついゆか

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“聴く(傾聴)”の大切さ

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長年、カウンセリング業に携わってきて、
いつも改めて思わされるのは、
“聴く(傾聴)”の重要性。

カウンセリング現場においてだけではなく、
人との関わりの中で、
“カウンセリング・マインド”を持って、
相手の話しを聴くと…

◎ 相手の心を開き
◎ 二人の関係を親密にし
◎ 関係を短時間で深めていく

ということが出来る!
これって、すごくない??

私たちはコミュニケーションを、
どこで教わったということもなく、
親の背中を見ながら、
親のコミュニケーションスタイルを基軸とし、
学校生活の中で周囲とのやり取りで実践しながら、
自分のスタイルを確立してきた。

人それぞれのコミュニケーションスタイルがあっていいと思うし、
全員が一緒である必要はないと思う。

けれども、基本の型を知ることで、
人との関係づくりが楽になるとしたらどうだろう?
「より人生が豊かになる」ということは、
間違いなく言えることだと私は思うのです。

人がコミュニケーションする理由

人がコミュニケーションする理由は、
たった一つ。

つながりたい!

ただ、これだけ。

この欲求を満たすため、
コミュニケーションをとって、
対象となる相手との“つながり”を創る・生み出す。

だから、「この人と、つながりたい!関わりたい!」
と思ったときに、まず何をするかというと、
相手の話しを聴くことから。
コミュニケーションのスタートは、
“聴くこと”からなの。

私はよく傾聴講座の中で、
「聴くことを通じて何をしているかというと、
 相手との“信頼関係”をつくること。
 相手に信頼してもらう、好きになってもらうこと。」
ということを伝えている。

コミュニケーションは循環とバランス

コミュニケーションの基本は、
「聞く(聴く)」と「話す(伝える)」の循環で
成り立っていくわけだけれども、
この循環が滞っていたり、
どちらか一方に偏ってしまってバランスが悪くなっていると、
ストレスが溜まっていくもの。

そうなると、関係性は心地よくなくなり、
関係に亀裂や溝が生じたり、攻撃をしたり、
コミュニケーションを取らなくなったり、
気づけば疎遠・決裂・対立など、
関係が悪化してきちゃいます。

よくあるバランスの悪さでは、
どちらか一方だけが話しているケース。
このケースでは話している人が優位となり、
無意識のうちに、
この関係に“上下関係”が生まれてしまう。
話せない人は圧迫感や窮屈感を感じ、
居心地が悪くなってしまう。
そうなると、「この人とは話したくないな」って
思っちゃう…この気持ち、分かるよね。

人が離れていってしまうのであれば、
自分のコミュニケーションスタイルを見直すべき!
「勝手に相手が離れていった」としていては、
そのうち本当にお友達、いなくなっちゃうよ。

コミュニケーションの講座 8/10〜開始

ということで、
コミュニケーションに関しては、
とても熱の入ってしまうアタシなんですが…笑

8月10日から1ヶ月に一度のペースで、
コミュニケーションの基本となる、
「聴く」と「伝える」をジックリと学ぶ講座を実施します☆

傾聴講座はすでに何度か実施しており、
有り難いことに好評いただいております♪
皆さんからいただいた感想を一部ご紹介します♡

わかりやすい言葉や例えが多く、心地よく学べました

40代 女性

傾聴をわかっていたつもりで、出来ていませんでした。
今後に活かしていきます。

40代 男性

教えることがすごく上手で、
傾聴の理論的なところもシッカリ学ぶことができてよかったです。

30代 男性

傾聴の大切さ、重要さを再度理解しました

30代 男性

「受容と容認は違う!」これだけで、
コミュニケーションの在り方が変わりそうです!
信頼関係の築き方、在り方・姿勢など、
深めていきたいと思いました。

30代 男性

資料もユーモアがあり、
ポジティブに心のことを学べるのは、
ゆかさんならではだと思いました!

30代 女性

コミュニケーションを学び、豊かな人生を。

アタシがこれほどに、
コミュニケーションにこだわるのは、
自分がコミュニケーション力で助けられ、
人生を拓いてきた経験があるからです。

自分の経験や知識が、
少しでもお役に立てるのであれば‥と思い、
熱意を持って伝えさせていただきます(笑)

まだお席に余裕がありますので、
この機会にぜひ学び触れていただければと思います☆

Written by まついゆか

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10年前のブログから…『身近な人ほど見えにくい』

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なんだか、ふと…
10年前のブログを読んでみたくなって、
引っ張ってきた。
母のことが記事としてあったので、
転載してみようと思った。

2009/7/26『身近な人ほど見えにくい』より

先日、我が家のダイニングテーブルの上に、
“東京バナナ”が置いてありました。
お土産としてよく見かけますが…
まぁ、いかんせん関東に住んでいるので、
買うこともなけりゃ、貰ったこともありません。
「珍しいね。」と言ったら、
どうやら母が貰ってきたようです。

本日、母親とランチへ出かけた時のこと。
先日の“東京バナナ”を貰ってきた経緯を話し始めました。
うちの母親はよく喋ります。
そんな母親に対し、
私はいつも適度に聴き、
適度に流していました。
しかし、今日はなんだか話を聞きたい気分となり、
(東京バナナに興味があり?)
いつもより真剣に話を聞いていました。

こんなお話・・・

うちの母はパート勤めをしています。
彼女が勤めている会社は、
若い社員やバイトの子たちが多い場所で、
うちの母は彼らの賄いを作るオバちゃん。
母からすると沢山の娘や息子がいるようなものです。
皆「お母さん」と呼び、慕われている様子。

土用の丑の日の前日。
ウナギを愛して止まない子達が、
こう言ったそうです。

あぁー!!明日はメニューがウナギじゃん!
私休みだよ~いいなぁ。

と…。
しかも彼女と同じ状況の子(ウナギを愛するが、
たまたまシフトが休み)が5~6名ほどいたそうです。
この会社のメニューでウナギは、この土用の丑の日のみ。
一年に一回のチャンスだそうです。
しかも彼らは地方から出てきている子達で、
寮生活をしています。
…ともなれば尚更。
ウナギに会える機会はなかなかありません。

一方ウナギ好きがいれば、ウナギ嫌いもいます。
土用の丑の日の当日。
ウナギ嫌いな子へは、別メニューを母は用意しました。
そして余ったウナギを翌日、
休みだった彼女たちに出したそうです。
そしたらウナギを愛して止まない子達は大喜び☆

翌日、お礼に…と数名(ウナギを食した子達)から
“東京バナナ”をもらってきましたとさ‥チャンチャン!

という、なんの変哲もないお話しであります。
なのに、急に涙が出てきたんです。

灯台下暗しとは、よく言うものです。
本当に近くにあるものこそ見えまえん。
近くにいる人ほど本来の姿が見えません。

私は母が批判的になっていたり、
ヒステリックになっている姿ばかりを見て、
嫌悪感を抱いていたり、
嫌気がさしていたり、
疲れてしまったり。
それで話すら聞いていませんでした。

でもね、今回のウナギの話しを聞いて。
「なんて思いやりがあるんだろう。」と純粋に思ったんです。
「こんなに愛情の深い人だっただなんて。」と。
他人にそうしているのであれば、
私はそれ以上に母から、
深い愛情という名の思いやりをもらっているはず…。
そう思ったら、泣けてきました。

母の思いやりの深さを全く見ていなかったのは自分なんだ。
母の愛情を受け取ってこなかったのは自分なんだ。
母を受け入れてこなかったのは自分なんだ。

思わず泣いたことが恥ずかしくて、
ごまかしちゃいました。

多分、この恥ずかしさって、
自分の情けなさと恥ずかしさが入り組んだ感じ。
それだけに口に出して言うのには、
ちょっと勇気がなかった。

ほふー、なんだかその視点が持てるようになったということは、
受け入れて前に進めたということだな。

本当、最近はムキムキ・・・もとい。
メキメキ剥けている心の成長です。

まついゆかブログButterfly of Mind 2009/7/26

忘れてしまう“有り難み”

母が2014年に肝臓がんを患って以来、
再び同居をするようになったが、
やはり近くに居ると、
見えないこと、忘れてしまうことが
多くあるものだ。

・愛情深い人であること
・自分を後回しにして人に手を差し伸べること
・常に周囲の人を気にかけていること
・誰よりも娘、息子のことを想ってくれていること

近くにいると、
重いとか、煩わしいとか、面倒とか、
うざったいとか‥いろいろ思ってしまうんだけど。

こうして過去の記事を読んで、
客観的に捉えてみると、
母のいいところが見えてくる。

有り難みを感じるためにも、
母の体調はもう大丈夫だから、
そろそろ離れて暮らすことを本気で考えよう。

Written by まついゆか

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問題を“おかげさま”にする

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私たちは人生の中で(仕事もプレイベートも)
問題が起こらないように、起こらないようにと
意識していること、多くないですか?

問題が起こらないことは、
果たして良いことなんだろうか…?
っていうと、実はそうでもない。

起こらないことが大事なんじゃなく、
起こったことを“おかげさま”にする力が大事である。

問題は“テーマを問う”こと。

問題っていうのは、
字の如く【題(=テーマ)を問うこと】。
ということは、問題が起こったということは、
問うべきテーマが浮上してきたってこと
だと、
私は思っている。

問題をなくそうっていうのは不可能で。
これから先、何千年経ったっても、
問題はなくなることなんてない。

だって、問うべきテーマはいつだって
私たちを成長させてくれるものだから。

とはいえ、落ち込むよね。

とはいっても、問題が起こると落ち込むよね。

私もつい先日、
とある仕事でミスをしてしまった。

クレームとなり、ご迷惑をお掛けしてしまい、
深く反省して、落ち込む…。
申し訳無さで、面目ない気持ちが自分を支配した。

そんな時、クレームを対応してくださった方が、
おっしゃってくれた。

「今回の一件があったから、
 見直すことが出来ました。」

その言葉で、私の気持ちは救われた気分になった。
これこそ、“おかげさま”という精神だ。

私は自分が起こしたミスを
“自分責め”に使っていた。
“自分責め”をして、
また自己肯定感を下げようとする。
これもいつものパターンだ。

“おかげさまで”と言ってくれる人が、
職場やプライベートの関わりの中に
いてくれるのは、
どんなに救われることだろう。

問題を起こした人を“責める”スタイル

今回のケースのように、
職場などでミスがあった時、
問題を起こした本人を責める人がいる。
しかも、「それが“指導”だ」と
思っている人がいる。

一昔前まではそうだったのかもしれない。
それが主流のスタイルだったし、
その責めている人も、
そうやって指導されてきたのだ。
けれどもね、もう古いのね、そのスタイル。

問題は“何を問われているのか”という視点で、
学びを吸収したら手放すこと。
迷惑を掛けてしまった相手に対しての
謝罪や反省はもちろん必要だけれども、
それは相手への誠意を示すことと、
信頼関係をつなぎ直すため。

起こってしまった過去の出来事を責めても、
何の解決にもならない。

叱るは相手を思っての愛情のある指導だけど、
怒るは相手を責める指導なんだよね。
この違い、区別つかない人もまだまだ多い。

問題を“おかげさまで”=感謝に変容させる

問題が起こった時の最終目的地は、
“おかげさまで”という感謝に変容させること。

問題は成長をさせるために、
浮上してくるテーマだったりする。
成長促進剤?成長起爆剤?だね。

問題は解決・解消されたら、
「おかげさまで成長できました」となる。
目指すは“感謝”。

影響を与えた対象に対しては、
謝罪・反省の意を持って、
誠意を伝え、信頼関係を取り戻し、
問題を起こした側は、
テーマを問い、成長へとつなげ、
起こった出来事に感謝をする。

こうして成長を繰り返す。

こんな風に、問題を別の角度から見ると、
怖れることもなくなるよね。

問題を解決して無くそう!
問題が起こらないように事前対策を!
問題がなぜ次から次へと出てくるんだ!
といった、排除する視点ではなく。
“悪”として捉えるのではなく。
問題は必要なこととして起こってくる
〈自然現象〉だと受け止めた上で、
次への架け橋にしていく。

そんな関わりが広がっていったら、
世の中がもっと平和になってゆくね♡

Written by まついゆか

☆個人セッション 申込☆

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恋愛・ロマンスに興味が失せる

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最近、恋愛・ロマンスに興味が無い。
いや…最近じゃないな、前からだな。
特にここ最近、全く…ない。
男性に興味が持てなくなった。
持てなくなったどころか、
今は“イヤ”って感じ。
近づかないで欲しいとまで思うくらい。
結構‥これ重症か?

パートナーに望むもの

とはいえ、パートナーは欲しいと思ってるのよ、
これでも一応ね(笑)

周りには、
「そんな選り好みして!本当はいらないんでしょ?」
なんて言われたりするけれど。
いやいやいやいや‥
いつだってパートナーは欲しいワ!

ただ、パートナーに望むものが、
少し変わっているのかもしれない。

別に何か買って欲しいわけじゃないし。
デートをしたいわけじゃない。
セックスをしたいわけじゃないし、
身体の接触を常日頃したいわけじゃない。
以前はあんだけ「結婚、結婚」って
言ってたくせに…
最近は「別に結婚が目的じゃないよね」とも
思うようになってきてしまった。

じゃ、何を望んでるの?
どんな関係性を望んでるの?って…

・感性の分かち合い
・互いの刺激から気づきを得る関係
・互いの学びや成長へのサポート

・共同創造
これらが、出来る人!

ってところなんだなって、
最近気づいた。

セックスは「性欲解消」・「寂しさの埋め合わせ」なんてお断り

男女が共に時間を過ごすと、
セックスの流れになることもあるけど。

性欲の解消や、心の寂しさを埋め合わせるための
身体接触には、ホント嫌気がさす。
ここを目的とする男性がとても多い。

最近は「セックスは共同創造」としか思えない。
アートなんじゃないかって思うくらい。

性欲解消と寂しさの埋め合わせなら、
他を当たってくれ…
いや、違うな。
他を当たるんじゃない。

自己を見つめろ!

だな。

自己探求は欠かせない

というわけで、望むような関係を築くのであれば、
アタシ自身もそうだし、
相手にも自己探求をし続けていて欲しい。
続けて欲しいというよりも、
率先して取り組むくらいに、
自分に興味を持ち、人や命に興味を持ち、
人生とは?宇宙とは?など、探求する人がいい。
あ!シンプルに言うと、

外側を見ているんじゃなくて、
内側を見つめる人がいいんだ☆

こんなんだから、
なかなかパートナーが見つからない。
ここ、とても難しいラインなのよね。
めっちゃニッチすぎる。

けれど、そういう観点を持ってる人以外、
もう受け容れられないってことがわかった。
そういう観点でない人との時間を、
無駄に感じるくらいまでになった。

恋愛観・結婚観でもなく、パートナー観

体験をシェアするために、
デートや旅行をする。
エネルギー交換をするために、
セックスをする。
相手を感じるために、
スキンシップをとる。
感性を分かち合い、
気づきを循環させるため、
コミュニケーションをとる。
これがアタシの望むパートナー観。

別に高級品を望まない。
物質的な欲求はあまりない。
表層的なものは不要なのだ。
公園でお散歩でもいいじゃない。
素朴なことだって、
相手と分かち合い、
お互いのエネルギー循環が創れる人と、
人生を共に出来たら、
どんなに幸せなことか。
どんなことだって幸せに感じられる。

自分の中の“パートナー観”が、
ここではっきりと定義できて、
スッキリした〜☆
男性に興味が持てなくなったんじゃないな。
自分のニーズが明確になったから、
ニーズ以外の人への興味が失せただけだ。

ずーっとここ最近、
自分の望むもの、欲しているもの、
目指すものがわからなくって、
思い悩んでいた。

一回全部手放して、ゼロにしたら、
見えてくるものがあるね。
天へのオーダーも兼ねて、
ここに記してみました!!

アタシの望むパートナーよ、
ハートをオープンにして待ってるわ♡

Written by まついゆか

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能力は人に教えてもらう。

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自分の能力をよく知っているのは、
意外と自分以外の人だったりする。
それなら、人から教えてもらうのが、
一番手っ取り早い。

つい先日、とある方々が教えてくれた。

「私が感じているゆかちゃんの総意をお伝えします。
ゆかちゃんは、“人に教える人”だと思います。」

と。とてもシンプルで率直なフィードバック(笑)

一瞬、受け取れなくて戸惑ったけれど、
内心とても嬉しかった。

“教える”に対する思い込み

私は人に教えるという行為を、
あまり良く思っていない。
なぜなら、そこに上下関係が働くようで、
なんだかそれが居心地悪いから。

・偉そう
・一方的なコミュニケーション
・自分の正しさを押し付けるよう
・自分は大したことないのに
・おこがましい

…と、まぁネガティブなイメージが
出てくること、出てくること!

だから、一方的に教える講座スタイルより、
一緒に考えて笑って泣いて‥ってする、
ワークショップスタイルが大好きなのだ。
そこの場の人たちと、
横並びでいたい。
同じ目線でいたい。
そんな想いがあるから、
“教える”ってことを避けてきた。

“わかりやすい!”と言ってもらってた

とはいえ、“教える”っていうことを
やってきた経験も多くある。
仕事を後輩や部下に教えたり。
退職時に引き継ぎをしたり。
心理学関連の講座で講師をしたり。
最近も小中学校で出張授業をしている。

唐突なフィードバックをいただいてから、
ふとこれまでを思い返してみると…
“教える”という場面において、
「わかりやすい!」ってよく言われてたことを、
思い出した。

それはおそらく、
私が「横並び」だったり、
「同じ目線に立つ」ということを、
意識しやすいからなんだろう。
私が伝えたいというメッセージを、
相手がどう受け取るのか。
相手からはどう映るのか。
受け手側の立場に立つことを、
とてもイメージするからなんだと思う。

“講座”や“教える”という時、
一方的な伝え方をするのではなく、
受け手側が受け取ってくれるような工夫を、
資料や話し方でやっているからなんだな。

人や世界は、自分にいろいろ教えてくれる

自分が思っている自分っていうのは、
思い込み・信じ込み・期待など、
エゴが創り上げたセルフイメージが強すぎて、
ニュートラルに自分を見ることが出来ない。

私のように、
「教えるのは偉そうだから、
私はやりたくない。」と思ってると、
せっかく持っている可能性や能力を
自分が勝手に狭めて、
制限をしていることになるのだ。

これでは自分自身(自分の能力)を
世界(社会)に与えないままではないか。
なんという出し惜しみ。ケチだ。

人からのフィードバックというのは、
自分のエゴを超えて、
これまでに見ていなかった一面を教えてくれる。
盲目の一面を見せてくれるのは、
他者であり世界なのだ。

自分が認識している自分と、
他者が認識している自分とが、
一致すればするほど、生きやすくなる。

人が教えてくれた“見ていない側面”を、
自分が認識して統合できたら、
可能性は広がっていく一方なのだ。

だから、どんどん自分の能力を人から教えてもらおう。
どんどん自分では見えていない一部分を、
人に見せてもらおう。

自分が知っている自分より、
人が知っている自分の方が、
はるかにニュートラルであり、
また事実に近いんだと思う。

ということで、
“教える”っていうことを、
自分に解禁してみることにします☆

Written by まついゆか

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“トキメキ”をまとい、アタシを満たすことで、自分軸へ戻る。

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少しずつ、ココロがムクムクと上を向き始め、
なんとなく、良い方向へ向かっている気がする。

今日はたまたま立ち寄った池袋駅で、
たまたま通りかかったお店に寄り、
そして、自分が“ウキウキ”する服と出会った♡

ずっと「どう見せるか?」…に縛られていた。

洋服って選ぶの難しいのよね。
というのも、ここ数年は「どう見せるか?」を
気にしてばっかりで、
自分の“好きな服”を自由に着てなかった気がする。

「どう見せるか?」って、
「どう見て欲しいか?」ってことじゃない?

マーケティングの世界では、
たしかに大切よね。
自分をどう見せるかって。
社会的信頼とか。
安心感につながったりとかするし。

でも、なんかねー…いつもどこか、
“自分のまんま”でいられない気がしてた。
どこか背伸びしてる感じで窮屈だった。

だんだん、自分の着たい服がわからなくて。
だんだん、自分の好みがわからなくなってきて。
だんだん、自分の似合う服もよくわからなくて。
だんだん、お買い物が億劫になっていた。
あんなに、お買い物が好きなのに。

他人の視点を気にすると自分が見えない

こうして他人の視点ばかり気にして。
人からの意見を取り入れるようにして。

もっと女性らしくしなきゃとか。
(結局出来てないけど…笑)
もっと大人っぽくしなきゃとか。
もっと落ち着きがあるようにしなきゃとか。

人からの意見は、大変ありがたいけど。
そればかりを気にしていると、
自分の内側にある“この服着たい”という
ウキウキやワクワクがなくなっちゃうのね。

でも女の子って、
この“ウキウキ”で、
輝くんじゃないかなって。

だから“ウキウキ”なくして、
人の視点を気にして服を選んでも、
無難な路線ばかりになって、
おしゃれが楽しくなくなる。
そしていつしか、
自分がよくわからなくなる。

そんなことが起きていたってことに、
最近ようやく気づいた。

ユニークさを出していこう。

実はアタシのセンスって個性的。
20代前半までは、
結構奇抜だった。
父親似なんだな…(笑)
★父のダサさ記事はコチラ★

クラブに通っていたし。
ステージで歌ったり、
ダンスしたりしてたし。
表に出る人だったから、
目立つファッションが多かった。

そこから、カウンセラーへ転身し、
徐々に自分のユニークさを抑え始めたのは、
そのあたりからなような気がする。

カウンセラーっぽく、
優しくて、誠実で、真面目で、清楚な
そんなことを意識したりして(笑)
そこから服装も落ち着いた感じのものになり、
今となっては無難路線。

あとね、その頃が20代後半だったから、
少し結婚とかも意識しちゃったりなんかして。
“男性ウケ”みたいなのも、
気にするようになったんだよね(笑)

でもさ…本来のアタシって、
やっぱり…【ユニーク】なんだよなー
人と一緒とかイヤなの。
だから、いいじゃない。
出しちゃって、いいじゃない。
戻っちゃって、いいじゃない。

“ウキウキ”・“ワクワク”が本来の自分

最近は、このメッセージばかり引き寄せるな。
“ウキウキ”とか“ワクワク”することが、
本来の自分っていうメッセージ。

この“ウキウキ”とか“ワクワク”は、
元々、持って生まれてきた感性の声。
ここがイコール個性であり、
自分らしさはココにある。

だから誰もが、
ウキウキ・ワクワクを生きられれば、
とーーーーっても自分らしくいられて、
とーーーーっても自由でいられて、
とーーーーっても生きやすい♡

なので、自分の内側の感性の声を
聴いてあげることが自分の軸に戻るコツ。
そうするとね、逆に周りの声が、
全く気にならなくなる。
自分の軸で生き始めるからね。

だから最近は、
自分がウキウキ・ワクワクするものが、
ないかなって探しながら街を歩く。

そして、ウキウキ・ワクワクに出会ったら、
必ずゲットする!
だって、ときめいたんだもの。
トキメキは“本来の自分を知る”ヒント。

だから、今日の洋服だって、
アタシの内側の細胞たちが、
めちゃ喜んでるの♡
「これ好きー!」
「これ着たいー!」
という声と共に、“ウキウキ♡”してる。

そうそう、この感じ。
とても久しぶりだわって思って。
そして、こんな個性的な服を買っちゃうのも、
とても久しぶりだわって思いながら、
買わないという選択肢は、
もはや頭になかった。

“ありのまま”って?

アタシはずーっとここ数ヶ月、
周りが「ありのまま、ありのまま…」って
言っているのを聞きながら、

ありのままの自分が、
どんななのか知ってたら、
苦労しねーわ!!

…って思ってた。
“ありのままの自分”が、
わからなくなっていたから。

こんなにも自己探求をしてるのに。
もはや自己探求が趣味なのに。
自己探求ヲタクなのに。

てか、“ありのままの自分”のつもりだった…
けど、なんか違ったみたい。
今回、自分の“ときめき”を発見して、
これまでの自分の思っていた、
“ありのままの自分”が違うものだと
気づいたのだ…。

“ときめきエネルギー”の中で生きる。

あ、だからね。
このブログの背景も変えました!
もう自分らしくないのはやめて、
本来の自分に近いであろうイメージに変えた。
めちゃシックリくる☆

ウキウキ・ワクワクは、
本当の自分を知るサインだね。
ウキウキしたものを着ればいい。
ウキウキしたものに囲まれればいい。
ワクワクするものに取り組めばいい。
ワクワクするものを追っかければいい。

そしたら、それらの“ときめきエネルギー”は、
輝きとなって周囲に伝播してく。

なんだか不在だったアタシが、
自分の中心に戻ってきた感覚がある。
戻ってきたアタシの声を聴き、
次なる扉を開いていこーっと☆

Written by まついゆか

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落ちるところまで落ちてみる

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落ちるところまで、
とことん落ちてみる。

落ちきったら、
「飽きた!もう、這い上がろう…」って
きっとなるから。

落ちているときだって、
アタシは世界に受け入れられている。
その証拠に、息をしているから。
呼吸をしているということは、
世界・宇宙から承認されていること。
世界・宇宙から応援されていること。

命は自ずと成長の方向へ向かう。
生きているだけでバンザイだ。

落ちたいときは落ちて。
上がりたいときは上がり。
泣きたいときは泣いて。
笑いたいときに笑う。

アタシの命は、
ちゃんと向かう方向を知っている。
命の力を信じきっていれば、
力みを抜いてもいいのだ。

力みすぎた。
変なところに拘りすぎた。
無理に頑張りすぎた。
頭で考えすぎた。
それは、命の力を信じきれなかったから。

命の力を信じて、
世界に自分を開いていこう。
その信頼さえあれば、
落ちるところまで
安心して落ちることができるから。

Written by まついゆか

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エッジに立ってる

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〈エッジに立つ〉
これは、専門用語。

どういうことかというと、
人には成長のステージがあって。
そのステージが変わるタイミングで、
様々なことが自分の内側で起こる。

例えば、
・死にたくなる
・前に進めない
・混乱、放心状態
・行き詰まる
・パワーがなくなる など。
岡部明美さんLPLより)

めちゃ苦しいねん、エッジ。
まさに今、私はその状態にいて。
後ろにも戻れない。
前にも進めない。
やる気が起こらず倦怠感に苛まれ。
体調も優れず。
鬱状態が続いている。
ひどい日には死にたいとまで思っちゃう。

“死にたい”なんて、
軽々しく言葉にしちゃいけないって。
頭ではそう思ってるよ。
生きたくたって、
生きられない人がいる。
闘病生活の人からすると、
「ふざけんな」ってムカつくよね。
わかってるよ。

でも、この時の“死にたい”って言葉は、
「古い自分の死」を意味してる。
これまでの自分から、
もうパターンを変えたいとき。
これまでの自分とは、
違う選択をしたいとき。
古い自分とサヨナラをしたい。
新しい自分と出会いたい…と、
自分の命が切に願っているのだ。

まさしく、蛹が蝶になる時。
一度透明になる、あの感覚。
死と再生のタイミング。
ドロドロになって、
生まれ変わりをする時。
古い自分を終わらせるために、
様々な形や様相で“死”を想起させるものと
出会ったりするものだ。

そして、今回のエッジではじめて知った。
この成長するタイミングでは、
自分のコアビリーフ(=核となる思い込み)が、
ものすごい勢いで足を引っ張ってくることを。

私の場合、とても強く働いているのが、
〈自己否定〉だ。

なんでもかんでも、
すべて“否定”へと帰結する。
自己否定をすることで、
自立へのステージを阻む。
エゴの為せる技。

自己否定することで、
自分の能力・パワーがないことを
証明しようとしている。

自己否定することで、
自分への信頼感を失っていく。

自己否定することで、
愛されない・受け入れられないことを
現実に創り出そうとしている。

そこで呟かれる言葉が、

ほらね。
やっぱり私って、

ダメなんだわ。

もう、何回このステージを
やっているんだろうか…。
こうやって書いていて、
自分でもウンザリするほど。

けれども人はこうやって、
本当に手放したり、
次のステージに行くまでは、
何度も“ウンザリ”しながら、
「もうやってられるか!!」と言うまで、
繰り返してゆく…ふぅ〜

私生活も仕事も学びも、
今の私の課題は【自立】だ。

自分の力を見くびって、
自分の能力を疑って、
自分のリソースを低く見積もって、
自分の存在を小さくして、

アタシ、何してんの?

私は人に与えるものが、
何も無いって思っているけど…

アタシ、バカじゃないの?

そんな今起こっている心の呟きを、
正直に吐き出してみました。

Written by まついゆか

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